「いつかかわっていく景色」(御苗場関西 vol.017 出展作品)に寄せて
好きな場所へ出向いても心が躍らず、賑やかな声は懐かしい音になり、私のなかを通り過ぎていきました。見慣れた景色が私の眼にはどんどん移り変わっていきました。「見えなくなればいいのに」と思うほど、何も見たくない時が続きました。

普通なら、こんな気持ちになれば、「写真を撮ろう」と考えないものでしょう。それでも、当時の私は「撮りたい」と思いました。「撮っておきたい」という方が正確かもしれません。辛く悲しい出来事に心を閉ざしている自分が、どのように世界を見ようとするのか。私はそれを自分の写真を通して知りたかったのです。

とにかく「気になる」気持ちに嘘をつかず、撮りたいように撮りました。臆さず写していくうちに、写真が、自分が失くしたものが集まる場所になっていくことに気づきました。温かさや優しさ、悲しみ、憂い、怒り。心境までも見える形にすることで過去の自分と手をつなぎ、今もなお写真を通して自身を捉え直しています。

視界に気になる何かが入り込めば、同じ一人の「わたし」がシャッターを切ろうと試みます。空っぽになった自分が身近な世界をどのように見つめ直すのか、初めはただそれを知りたいだけでした。レンズを撮りたいものに向けて撮る。その単純な行為が、実は、自分にレンズを向けて自分自身を撮っている、とも言えるのではないか。二年近く撮り続けながらたどり着いた答えは、私がずっと「分かっているつもり」だった意識でした。

「いつかかわっていく景色」は、2013年から撮影している写真から選び、一つにまとめたものです。植物に動物、人物、建物や床、無機質なもの。被写体に一貫性はありません。撮影時の状況や環境、感情も様々です。制作年に「継続中」と書くのは、「これを撮ったら終わり」と決心できる一枚がまだ私の手元に無いからです。記憶が蘇る光景に胸が詰まり、シャッターを切れないことがあります。そんな広がりを目の前にしても、何となしに「そうだね」と声をかけ、「またね」と再会を願いあえれば、恐らくそれが最後の一枚になるのでしょう。

写真の一枚一枚それぞれが「わたし」であり、もしかしたら、この作品に関しては、もうそれ以上特別に言うことは無いのかもしれません。私にとって「撮ってて良かった」は「生きてて良かった」と同意です。ささやかな場面の連続にこのような表現は大袈裟ですが、カメラを構えるたびに、そんな風に考えるようになりました。

今もなお「撮り続けたい」という気持ちを大切にします。それは即ち、自身を大切にすることに繋がっていくものだと信じています。


「いつかかわっていく景色」(御苗場関西 vol.017 出展作品)に寄せて
2015年9月 八木香保里




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by etcaetra | 2015-10-18 00:01 | 写真まわり
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